【吹田】ストリートにストーリーあり。垂水町≪雉子鳴き通り≫に秘められた切ない物語

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吹田市内には愛称が付いている道路がいくつかあります。
タイトル
(*吹田市HPより画像引用)
1998年から3年かけて市民の声を集めて決めたそうです。
経緯

その中の1つ垂水町を南北に通る道路は『雉子(きじ)鳴き道』という愛称が付けられています。
看板

愛称の書いてある看板の裏には、名付けた人の名前が書かれています。
説明
なぜ≪雉子(きじ)≫??この辺りに雉子がいるのかな~なんて軽い気持ちで歩いていたら、通り沿いにこのような石碑が。
石碑
住宅街の真ん中にあります。
石碑には歌が掘られていて、その脇には解説盤がありました。
歌

書かれている歌は・・・
「ものいわじ 父は長柄の橋柱 雉子も鳴かずば 射られざらまし」
どういう意味なのでしょうか?
解説盤には、この通りの名前に秘められた切ない物語が書かれていました・・・。
解説

 時はいにしえ、淀川の長柄の渡しに橋を架けようと地元の人たちが苦労したが、なかなか難事業で成しえなかった。誰かが犠牲にならなければ、橋は架けられないと我が身をかえりみず、人柱となった氏のおかげで、遂に立派な橋が両岸にわたり、これで大勢の難儀が救われることになった。
氏のひとり娘は非常に美しい人であったが、この父の悲劇によって、物いわぬ人となった。河内に嫁いだ後でも、ずっと物を言わなかったのである日、実家へ帰される事になり、夫と一緒にちょうどこのあたりへさしかかったとき、雉子が鳴いていて夫がそれを射殺してしまった。そのとき、女は悲しんで

「ものいわじ 父は長柄の橋柱 雉子も鳴かずば 射られざらまし」

とよんだという。それからこのあたりを「雉子畷」といいつたえられたということである。
昭和五十八年十一月
吹田市教育委員会

歌の意味はー
<父も、雉も何も言わなければ、鳴かなければ死ぬことはなかった>
そういう気持ちの込められた歌なんですね。だから娘も何もしゃべらなくなったのでしょう。
いろいろと調べてみたら、冒頭の「いにしえ」というのは飛鳥時代のあたりだそうです。夫はこの歌をきいて娘の心を理解し、射貫いた雉をこの石碑の辺りに葬ったそうです。

この「雉子畷」の伝説から取って『雉子鳴き道』。
この物語を知って、改めて≪雉鳴き通り≫を眺めてみると、感慨深い気持ちになります。
通り
いにしえに思いをはせて・・・。

吹田市内にはこのように愛称が付いた道路がいくつかあります。
<南部エリア>
マップ

<北千里エリア>
愛称通り

<南千里エリア>
マップ

愛称道路には起点になる地点などにこんな看板が立っています。
看板
見かけたらー、
ちょっと立ち止まってそのストリートの込められたストーリーを探してみては?
≪雉鳴き通り≫の石碑があるのはこの辺り↓

大阪府吹田市垂水町1丁目15

(あやさく)

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